映画『CLOSE/クロース』考察と感想|お安い涙が汚す聖域と心の荒地を均す疲弊

総合まとめ
国内平均星評価:3.93 /5
海外平均星評価:3.97 /5
※このチャートは、確認できた国内外の評価サイトのスコアをもとに作成しています。
未評価のサイトは平均に含めていません。あくまで参考としてご覧ください。
あらすじ
ヨーロッパの国境沿いに広がる、のどかな田園地帯。13歳のレオとレミは、幼馴染みとして、また互いの息遣いを感じるほどの距離で、無垢なる日々を共有していました。
しかし、新生活の教室という「社会の縮図」へ足を踏み入れた瞬間、同級生たちの悪気のない眼差しによって、二人の間にあった名もなき絆に「恋人」という安易なレッテルが貼られ始めます。
世間の枠組みに抗おうとするレオは、周囲のからかいを恐れるあまりレミを拒絶し、そのそっけない振る舞いが、二度と取り戻せない決定的な別れを引き起こすこととなります。
References / Data Source:映画『CLOSE』公式サイト
本作はAmazonプライムビデオでも配信されています。 もし、この処方箋があなたの心に届いたのなら、ぜひお好きな時間にその扉を開いてみてください。
【ネタバレ注意】
※本記事では、登場人物や象徴的シーンに触れ、私なりの考察や解釈を掲載しています。これより先はネタバレになりますので、物語を楽しみたい方は鑑賞後の閲覧を推奨します。
外部の眼差しがもたらす「無垢の解体」と記号化の罠
13歳のレオとレミの間を流れる空気には、本来、他者が介入できる隙間など微塵もありませんでした。互いの家を行き来し、同じ夜具の中で呼吸を重ねる。それは誰かに教わったものでも、既存の引き出しに仕舞える関係でもない、名もなき聖域です。

しかし、学校という名の「社会の縮図」に足を踏み入れた瞬間、その無垢な営みは一変します。同級生たちが向ける、好奇という名の品性を欠いた眼差し。彼らは自らの退屈を紛らわせるために、一文字の記号――「恋人」あるいは「そちら側」というお安い値札を、少年たちの聖域にペタペタと貼り付けようと試みます。
この他人の領域にヅカヅカと土足で踏み込んでくる群衆の浅ましさは、実に素晴らしいものです。彼らにとって、他者の固有の絆などどうでもよく、ただ自分たちの理解できる狭い枠組み(レッテル)に当てはめて安心したいだけなのですから。知性と品性に欠けた言葉の矢に過敏に反応してしまったレオが、自らの宝物であったはずの存在と意図的に距離を置き始めるグラデーションは、観る者の胸に刃のように突き刺さります。
「安い涙の劇場」と、本物の喪失がもたらす声なき硬直
本作の最も鋭利なメスは、不条理な出来事の「あと」に訪れる教室の光景に向けられています。
あの日を境に、片方の少年が露と消えてしまったあとの世界。クラスメイトたちは、車座になって行われる話し合いの場で、さも自分たちも深く傷ついた当事者であるかのように、チープな言葉を並べて潤沢な涙を流します。
ここに極まる、悲劇のエンターテインメント。

つい先日まで、興味半分に二人の聖域を汚していた張本人たちが、教室という劇場のスポットライトを浴びた瞬間、見事な「悲劇の主役」へと衣替えを果たす。その涙のなんと素早く、なんと安価なことでしょうか。人の悲しみを利用して自己の感受性を飾り立てる群衆の欺瞞には、慇称えたいほどの皮肉がよく似合います。
一方で、本当の喪失の淵に立たされたレオは、涙を流す機能さえ奪われたかのように、ただ石のように硬直しています。本物の痛みを前にした魂は、場の雰囲気に合わせて流せるような便利な水分を持ち合わせてはいないのです。
心の荒地を均す者の疲弊:答えなき問いの果てに
物語の終盤、レオは一つの重大な告白を、残された母親(ソフィー)へと手渡します。「僕が突き放したんだ」と。
息子が自ら自らの幕を引いてしまった理由を探し続け、ありとあらゆる答えのない問い(「なぜうちの子なの?」「あの日何があったの?」)に胸を抉られてきた母親。彼女は、少しずつ、少しずつ心を平らに、平らにと、砂を均すようにして毎日の日常を繋ぎ止めていたはずです。そこへ、かつて息子の隣にいた少年の、微かに波立つ気配を纏った独白が投じられる。
せっかく平らに均したはずの地表面は容赦なく抉られ、底に沈めたはずの感情の嵐が再び掘り返される。あの時、彼女がレオに向ける視線に混ざり合った、ぶつけどころのない怒り、そして「あれた心の土地を、何度も何度も整えることに疲れ果ててしまった」という果てしない疲弊。
それは許しや受容という綺麗な言葉では決して片付けられない、人間の限界点としてのグラデーションです。だからこそ、その苦しみの底で一人震えるレオに対し、土足で踏み込まずに程よい距離でただ寄り添い続ける実の兄の佇まいが、唯一の静かな救いとして画面に横たわっています。
映像の「記憶」を形として手元に残すために
少年たちの聖域を切り裂いた「外部の眼差し」と、広大な花畑が刈り取られていく無慈悲な時の移ろい。配信という形のない波に乗って消費されていく切なさを、あえて物理的な重みを持つ「盤」として書架に所有することで、ルーカス・ドン監督が画面に込めた静かな祈りと美学を、あなたの部屋に永遠に刻み込みます。
🔗 関連作品・参考情報
🎬監督:ルーカス・ドン
・過去作・関連作品:
- 『Girl/ガール』(2018年)
- 『CLOSE/クロース 』(2022年)https://amzn.to/434oKNB
🎭エミリー・ドゥケンヌ
・過去作・関連作品:
- 『ロゼッタ』(1999年)https://amzn.to/4dQaVYc
- 『ジェヴォーダンの獣』(2001年)https://amzn.to/3RyKBu1

🧬 Post-Screening Analysis
人は、大切な絆を失ったとき、割り切れぬ理由の荒地に立ち尽くす。世間が差し出すお安い言葉の型に痛みをはめ込み、早急な涙で片付けようとする必要はありません。あれた心の土地を均す営みの、その果てしない疲労感さえも、裏を返せば、そこに確かな光が在ったという証左なのです。答えのない問いを、答えのないままに抱えて生きていく。その保留の誠実さこそが、露と消えた面影を私たの心の中に静かに溶け込ませる唯一の道なのかもしれません。
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