ヒューマンドラマ

映画 赦し レビュー|第1章 核心へと導く視点【ネタバレ注意】

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【ネタバレを含みます】
本記事では、映画『赦し』の登場人物や象徴的なシーンについて触れています。物語の印象を大切にされたい方は、鑑賞後にご覧いただくことをおすすめいたします。

出典:YouTube / A FILM BY ANSHUL CHAUHAN 公式チャンネル

あらすじ

  (以下、公式サイトより引用)

7年前に娘をクラスメートに殺害されて以来、現実逃避を重ねてきた樋口克(尚玄)のもとに、裁判所からの通知が届く。懲役20年の刑に服している加害者、福田夏奈(松浦りょう)に再審の機会が与えられたというのだ。
ひとり娘の命を奪った夏奈を憎み続けている克は、元妻の澄子(MEGUMI)とともに法廷に赴く。
しかし夏奈の釈放を阻止するために証言台に立つ克と、つらい過去に見切りをつけたい澄子の感情はすれ違っていく。
やがて法廷では夏奈の口から彼女が殺人に至った動機が明かされていく…

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映画『赦し』をより深く味わうためには、物語の出来事そのものだけでなく、その背後に潜むテーマや語られなかった感情の層に目を向けることが大切だと感じました。

本章では、物語全体の静かな芯となっている「赦し」という概念に焦点を当て、その余韻がどのように登場人物の選択や関係性に染み込んでいるのか──私なりの視点から考えてみたいと思います。

死を受け入れられない父の象徴

映画の冒頭、被害者の父・克は、静まりかえった部屋の一角でそっと線香を手向けていました。娘・恵未の写真の前に佇むその姿は、表面的には静穏に映りますが、その静けさの奥には、どこか行き場をなくした感情が潜んでいるようにも感じられます。
仏壇ではなく、一枚の写真だけに向けて線香を供えるという克の姿は、宗教的な儀式というよりも、彼なりの“祈りのかたち”として私には映りました。

あえて仏壇を設けないという選択には、「娘はもういない」と完全には認められない彼の想いが、うっすらとにじんでいるようにも見えます。
仏壇とは、死者の不在を日常の中に受け入れていくための象徴でもありますが、克はその段階をまだ迎えることができずにいる──そんな“止まった時間”が、彼の部屋には静かに漂っているように思えました。
恵未の死は、克にとってまだ、きちんと終わったことにはなっていないのかもしれません。

生と死の対比──冷蔵庫と花瓶

映画の中盤、克の家の冷蔵庫を開けると、中には酒だけが詰め込まれています。食事を摂るための栄養ではなく、ただ気を紛らわせるためのアルコールだけ──その冷蔵庫には、まるで生きる力を失ってしまったかのような空虚さが漂っています。

そして一方、部屋の片隅には、花瓶に生けられた花が静かに置かれています。生の象徴とも言える花が、冷たい冷蔵庫とは対照的に存在しているのですが、その花は恵未の写真の近くには置かれていません。
花瓶は、キッチンの片隅にひっそりと位置しており、克が恵未の死をまだ心の中で受け入れきれず、どこかに押し込めているように感じられます。

この花と冷蔵庫の対比が示すのは、克が抱える葛藤──生きる力を取り戻したいと思う気持ちと、同時にその痛みを直視できないという思いが交錯していることではないでしょうか。

時間が止まった空間に咲く花

花瓶の中で静かに咲いている花は、克がまだ恵未への想いを手放すことができず、心の奥で「生」への手がかりを求めていることを物語っているようにも感じられます。
しかし、興味深いのはその花が、恵未の写真の隣ではなく、キッチンの片隅に置かれていることです。

この距離感が、克が心の中で恵未の死とどう向き合ってよいのかを迷い、どこかでそれを避けていることを暗示しているように思えます。

花を飾る行為そのものは、克が“日常への希求”を抱えている証ですが、同時にその花を恵未の死と結びつけることができない現実が、彼の心に静かに浮かび上がってきます。
彼にとって、恵未の死から始まるはずだった「新しい時間」は、まだ動き出すことができずに止まっているのかもしれません。

線香を手向けるという形式

日本において線香を手向ける行為は、仏教的な意味合いを持つと同時に、個人の静かな「偲び」のかたちとして日常に根づいています。
仏壇を設けず、ただ一枚の写真の前で線香を焚くという克の行動は、形式に寄りかからずに残された“祈りの断片”──彼だけの追悼のかたち──として、どこか孤独に映ります。

現代の都市生活者の中には、あえて仏壇を持たず、写真と線香で故人を偲ぶ選択をする人も少なくありません。
克の姿もまた、そうした時代の風景の一部でありながら、恵未への想いだけは手放せずにいる、揺れる心の表れなのかもしれません。

止まった時間に滲む“赦し”の気配

本章では、「死を受け入れきれない父」としての克の姿を、彼の行動や部屋の描写を手がかりに見つめてきました。
仏壇を設けることなく、冷蔵庫には酒だけが詰まり、花は娘の写真から距離を置いて飾られている──その一つひとつが、彼の中で凍りついたままの時間を物語っています。

恵未の死と真っ直ぐに向き合うことを避け、「赦し」へと辿り着けずにいる克の姿には、深い喪失の淵に沈む絶望と、それでもなお日常を模索するような、かすかな希望の光が交差しているようにも思えました。


次章予告

第2章では、離婚後に再び交流を始める克と元妻・希子の関係に注目します。
「赦し」というテーマを軸にしながらも、彼らの接近には別の感情──孤独や喪失から逃れようとする“依存”の影が見え隠れしています。
やがて現れる“すれ違いの温度差”が、二人をどう引き裂き、そして物語に何を残していくのか。
第2章では、その繊細な関係性に迫ります。

次の章を読む:
▶︎ 第2章:「ありがとう」の不在──共感が欠けた母・澄子の内面

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静かに心に響く余韻を、ぜひご自宅でもゆっくり味わってみてください。

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このレビューを書いた人
高瀬 楓(たかせ かえで)
高瀬 楓(たかせ かえで)
映画と余韻のブロガー。  週末19時に更新中。
はじめまして。映画ブロガーの高瀬 楓(たかせ かえで)と申します。 「映画の余韻にじっくりと浸りながら、自分の視点で感じたことを丁寧に言葉にしたい」との思いから、映画レビューサイト《Silverscreen Pallet》を運営しています。 心に残るシーンやテーマを深く味わいながら、読者の皆さまの記憶に響くような記事をお届けできたら嬉しいです。

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