映画 赦し レビュー 第12章:形式の仮面──語られる謝罪、語られない本音【ネタバレ注意】

【ネタバレを含みます】
本記事では、映画『赦し』の登場人物や象徴的なシーンについて触れています。物語の印象を大切にされたい方は、鑑賞後にご覧いただくことをおすすめいたします。
出典:YouTube / A FILM BY ANSHUL CHAUHAN 公式チャンネル
第12章:形式の仮面──語られる謝罪、語られない本音
“赦し”とは、ただ与えられるものではなく、時に語ることで、時に沈黙の中で、じわりと輪郭を浮かび上がらせるものなのかもしれません。
しかし、その語りが、誰かのためではなく、自分のためだけの行為だとしたら──。
この章で見えてくるのは、「語ること」が持つ演出性と、形式的な言葉が隠す本音の空虚さです。映画『赦し』における夏菜と克の面会は、まさにその緊張感と不自然さを象徴しています。
前の章を読む:
▶ 第11章:演出としての“弱さ”──語り、酔い、立ち位置の曖昧さ
はじめから読む:
▶ 第1章:序章──映画『赦し』の核心へと導く視点
かみ合わない言葉と沈黙──“面会”の場に漂う異質な空気
夏菜と克が向き合った、ただ一度の面会。
ここで交わされたのは謝罪と感謝の言葉でしたが、空気は妙に噛み合わない。言葉の「かたち」は整っているのに、その奥にある感情や覚悟が見えてこない──まるで儀礼としての“赦しの演技”をなぞるかのような不自然さが漂います。
面会の開始から終わりまで、克の視線は夏菜に注がれています。失われた娘への思いがその眼差しに宿っているにも関わらず、夏菜の言葉と態度はどこか形式的で、彼の心に届ききらない。映画は、この言葉の空洞を巧みに描写し、赦しの成立が単純ではないことを浮き彫りにしています。

立ち上がらない身体──“被害者意識”を手放せないまなざし
面会中、夏菜は座ったまま克に向かって「ありがとうございます」と口にします。しかし、目線を合わせることもなく、席も立たない。身体の動きや視線の欠如は、言葉が形式的であることを象徴していました。謝罪の場における本来の身体表現──深く頭を下げる、手を差し伸べる、視線を合わせる──といった行動が欠落していることが、彼女の内面の未成熟さや自己中心性を示しています。
その姿勢から見えてくるのは、まだ“自分も被害者である”という意識が完全には払拭されていないことです。被告でありながら被害者意識を残す夏菜は、自らの加害行為の責任を完全に受け止めることを避け、形式的な謝罪で事態を終わらせようとしているかのようです。この微細な所作の描写が、映画における赦しの困難さを視覚的に補強しています。

言葉の温度が抜け落ちた“謝罪”──正義の演技としての空虚さ
夏菜の口から発せられる言葉には、奇妙なまでの温度のなさが漂っています。「申し訳ありません」「いじめに苦しんでいる子を救いたい」といった表現は、内容としては善意や謝意を示しているように見えます。しかし、言葉に伴う覚悟や誠意が感じられず、まるで誰かに言わされているかのような空虚感が残ります。
とりわけ「いじめに苦しんでいる子を救いたい」という言葉は、加害の構造と向き合う意志の欠如を示しています。自分がどのように他者を傷つけたかを内省せず、抽象的な善意で物事を語ることは、自己正当化のための装置として機能してしまいます。映画は、こうした言葉の空洞を通じて、謝罪の“言葉だけ”では赦しは成立し得ないことを観客に示しています。
「終わらせたい」という願望──謝罪が告げる、赦しの終点
極めつけは、夏菜が「ありがとうございます」と言いながら、座ったまま深く頭を下げない姿勢です。この形式的な行動は、赦しを乞う真摯な気持ちではなく、「これで終わりにしたい」という自己完結の願望を示しているように感じられます。言葉と身体が乖離することで、赦しの場は形式として成立するだけで、実質的な感情の交流は欠落しています。
この面会シーンは、謝罪のかたちと心の乖離を象徴しています。夏菜は謝意を口にするものの、赦されたいという純粋な願いではなく、物語を終わらせるための演技として言葉を使っています。ここに、映画『赦し』が描く“赦しの限界”と、人間の自己中心的な心理が重なり合う瞬間が映し出されていました。

次章予告
次章では、“赦しの物語”の裏側で静かに凍りついた父性に目を向けます。
手放せない過去と、やり直したい現在──その間で揺れる「父親という役割」の崩壊と執着を読み解きます。
次の章を読む:
▶ 第13章:凍結された父性──“やり直し”に執着する理由
『赦し』は現在、Amazonプライム・ビデオで視聴可能です。
静かに心に響く余韻を、ぜひご自宅でもゆっくり味わってみてください。
また、繰り返し観たい方やコレクションとして手元に置きたい方には、Blu-rayやDVDの購入もおすすめです。