『哀れなるものたち』考察レビュー|違和感が思考に変わる映画体験

総合まとめ
国内平均星評価:3.94 / 5
海外平均星評価:3.88 / 5
※このチャートは、確認できた国内外の評価サイトのスコアをもとに作成しています。
未評価のサイトは平均に含めていません。あくまで参考としてご覧ください。
あらすじ
天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって蘇生された女性・ベラ。彼女は成人の身体を持ちながら、新生児のような知性で世界を学び始めます。未知への好奇心のまま旅に出たベラは、快楽や言葉、暴力、愛を知り、自分の存在を形作っていきます。それは成長の物語であり、同時に社会の歪みを映し出す旅でもありました。
References / Data Source:20世紀スタジオ 公式チャンネル|『哀れなるものたち』
【ネタバレ注意】
※本記事では、登場人物や象徴的シーンに触れ、私なりの考察や解釈を掲載しています。これより先はネタバレになりますので、物語を楽しみたい方は鑑賞後の閲覧を推奨します。
夢の中に放り込まれる感覚──理解する前に進んでいく映画
この映画を観ている間、私は何度も「意味が気になる」という感覚に立ち止まりました。理解できないから退屈になるのではなく、理解できないまま引きずられていく感覚です。世界があまりに歪で、不親切で、それでも目を離せない。そんな体験を、最近の映画でどれほど味わえたでしょうか。
冒頭、本作は観客に説明を与えません。犬とアヒルが合体した動物、歪んだ建築、現実と噛み合わない世界。この「これは何だろう?」と考えている間に物語が容赦なく進んでいく体験は、精神分析的に言えば、ベラが初めて世界に触れた際の**「原初の混沌」**の追体験です。この歪な箱庭に置いていかれるか、引力に身を任せるか。本作はその選択を観客に委ねていますが、一度その美しさに毒されれば、もはや投げ出すことは不可能です。

白黒からカラーへ──知性の発達を色で語る演出
特に印象的だったのが、白黒とカラーの切り替えです。人は最初、白と黒の曖昧な世界を見て、やがて赤を認識し、色彩を獲得していく。ベラの世界に色が流れ込む瞬間は、彼女の知性や感覚が育っていく過程を、私たちの網膜に**「共感覚的」**に焼き付けているように思えます。説明を排し、映像の質感だけで魂の成長を物語る手法は、まさに洗練された映画表現の極致と言えるでしょう。

肉体と精神の不均衡──快楽に引き寄せられる危うさ
成人の身体と未成熟な精神。この**「発達の不均衡」**は、現実社会の歪な構図を浮き彫りにします。ベラが肉体的な快楽に引き寄せられていく様子は、ある種の「精神的な全裸」を見せられているような不快感を伴うかもしれません。しかし、その過剰さこそが、文明という服を脱ぎ捨てた後に残る「人間という動物」の剥き出しの真実なのだと、映画は慇懃無礼なまでに突きつけてきます。
世界を知ることは、必ずしも幸福への近道ではありません。しかし、後半に登場するマーサらとの交流で見せる「利害を超えた知性と哲学」こそが、彼女を真の意味で自由にしたのだと信じたいのです。

🔗 関連作品・参考情報
🎬監督:ヨルゴス・ランティモス
・過去作・関連作品:
- 『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア/The Killing of a Sacred Deer』(2017年)
- 『女王陛下のお気に入り/The Favorite』(2018年)
🎭エマ・ストーン
・過去作・関連作品:
- 『女王陛下のお気に入り/The Favourite』(2018年)
- 『クルエラ/Cruella』(2021年)
🎭マーク・ラファロ
・過去作・関連作品:
- 『グランド・イリュージョンシリーズ』(2013,2016,2025年)
- 『ミッキー17/Mickey 17』(2025年)
🎭過去作・関連作品:
- 原作:『哀れなるものたち』/アラスター・グレイ著
🧬 Post-Screening Analysis
無垢な魂が「文明」という窮屈な服を着せられるとき、世界は白黒の箱庭から極彩色の荒野へと変貌します。本作が暴き出したのは、社会という檻(おり)の中で飼い慣らされた私たちが忘れてしまった、剥き出しの知性と、羞恥心さえも焼き尽くす純粋な好奇心の爆辞です。
世界を知ることは、楽園を追放される痛みを伴うでしょう。けれど、他者が定めた「正しさ」を脱ぎ捨て、自らの足で快楽と絶望の底を歩き抜いた者だけが、真の自由という名の光を掴み取ることができます。箱庭を壊した先にあるその歪な景色を、どうか「哀れ」だなんて呼ばせないで。

