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COLUMN:『ターナー日記』はなぜ“バイブル的な存在”になったのか──映画『The Order』と白人至上主義のナラティブ構造を読む

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※本コラムには映画『The Order(2024)』の一部シーンに関する言及が含まれます。
ストーリーの核心的なネタバレは避けていますが、印象的なシーンや作品のテーマ解釈について触れています。
ご鑑賞前にまっさらな状態で楽しみたい方は、ご注意ください。

【ご注意ください】
本記事では、過去に実在した事件や、過激な思想と見なされている書籍について言及しています。これは、事実関係やその表現が社会に与えた影響を検証することを目的としたものであり、特定の思想、暴力行為、または過激な主張を肯定・推奨する意図は一切ありません。

出典:The Order | Official Trailer | Prime Video


暴力はいつも唐突に現れるわけではありません。

時にそれは、「物語」の姿を借りて、静かに、しかし確実に人の心に入り込むことがあります。
『ターナー日記(The Turner Diaries)』は、まさにそうした“物語”のひとつでした。
フィクションの名を借りて語られた過激な思想は、やがて現実に血を流し、命を奪います。

本稿では、この書物がなぜ現実の暴力を引き起こしたのか、その構造と文脈を多角的に掘り下げていきます。

『ターナー日記』は、架空の白人至上主義革命を描く第一人称形式の物語です。
日記形式という親密な語り口により、読者はあたかも語り手の“仲間”として巻き込まれていく構造になっています。

静かな書斎に開かれた日記と散乱する紙、『ターナー日記』が生むフィクションと現実の錯覚を象徴

この形式が生む錯覚は、フィクションであることの一線を曖昧にし、読者に「これは起こるべき現実だ」と錯覚させる効果を生み出します。

また、物語には「善と悪」の明確な二項対立が存在し、複雑な社会構造や現実の矛盾を単純化して提示します。
こうした単純化された物語構造は、自己の不満や怒りを外部に投影する装置として機能しやすく、
「現実に不満を持つ者が、自らを正当化するためのプロパガンダ」として読み替え可能な設計になっているのです。

実際にこの本の影響を受けたとされる犯人たち——たとえば、ティモシー・マクベイ(オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件)や、
1980年代の武装集団「The Silent Brotherhood(ザ・サイレント・ブラザーフッド)」のメンバーたち——には、共通した特徴が見られます。

彼らの多くは、家庭における虐待や疎外感、経済的な困窮を経験しており、社会とのつながりを見失いがちな環境に置かれていました。
また、軍隊や保守的なキリスト教的バックグラウンドを持つ者も多く、
「規律」「秩序」「純血」といった概念が強調された教育やコミュニティに身を置いていました。

霧に包まれた荒涼とした住宅街、孤立や疎外感から過激思想に傾く心理を示す風景

その中で『ターナー日記』のような物語は、彼らの孤独や怒り、被害者意識に“意味”を与えるものであり、
「自分は選ばれし者だ」「これは神の意志だ」といった誤ったカタルシスを提供してしまったのです。

映画『The Order(2024)』が描くのは、単なる過去の再現ではありません。
むしろその問いかけは、現在の我々に向けられています。

都市のビル群と浮かぶデジタル情報、現実と虚構の境界が曖昧になる現代社会を象徴

現代のアメリカでは再び極右思想が台頭し、白人至上主義や陰謀論、QAnonといった運動が現実の政治に影響を及ぼしています。
インターネットによって情報の「物語化」が加速する中、虚構と現実の区別はさらに曖昧になっています。

『The Order』は、そんな時代において「過去の教訓をいかに今に活かすか」という問いを突きつける作品です。

また、映画的手法としても、『ターナー日記』的なプロパガンダと対比させるように
「無感情な日常の暴力」「選ばれし者幻想の崩壊」を描くことで、ナラティブそのものを疑い直す視点を与えてくれます。


あとがき

フィクションは、人を勇気づける力も、破壊する力も持っています。
大切なのは、その物語の“つくられ方”と“読み方”を知ること、そして何よりも、現実とどうつなげるかを考えることです。

『ターナー日記』が与えた影響はあまりに深刻である一方で、私たちには「読み解く力」があります。
『The Order』という映画を通じて、過去の過ちを振り返りながら、物語と現実の健全な関係を築いていくこと——
それこそが今、私たちに問われているのではないでしょうか。


映画をより深く理解するための補足コラム(ネタバレあり)

▶ COLUMN:『なぜ彼らは信じたのか?』——ターナー日記が響いた“生育の穴”

『ターナー日記』を読んだ全ての人が過激な行動に走るわけではありません。
それでも、あの本に「救われた」と感じた一部の人々が、現実で暴力を選んだのは事実です。
いったい、どのような心の穴が彼らを突き動かしたのか――実際の加害者たちの生い立ちに光を当て、過激思想に共鳴してしまう“土壌”を探ります。

COLUMN:『なぜ彼らは信じたのか?』へ


作品をすでにご覧になった方へ

物語の核心に踏み込んだネタバレありの感想・考察記事も公開しています。
実在の事件や『ターナー日記』との関連を含め、映画がなぜ“今”作られたのか、その問いに迫りました。

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このレビューを書いた人
高瀬 楓(たかせ かえで)
高瀬 楓(たかせ かえで)
映画と余韻のブロガー。  週末19時に更新中。
はじめまして。映画ブロガーの高瀬 楓(たかせ かえで)と申します。 「映画の余韻にじっくりと浸りながら、自分の視点で感じたことを丁寧に言葉にしたい」との思いから、映画レビューサイト《Silverscreen Pallet》を運営しています。 心に残るシーンやテーマを深く味わいながら、読者の皆さまの記憶に響くような記事をお届けできたら嬉しいです。
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