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COLUMN:『なぜ彼らは信じたのか?』——ターナー日記が響いた“生育の穴”

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出典:The Order | Official Trailer | Prime Video

※本コラムには映画『The Order(2024)』の一部シーンに関する言及が含まれます。
ストーリーの核心的なネタバレは避けていますが、印象的なシーンや作品のテーマ解釈について触れています。
ご鑑賞前にまっさらな状態で楽しみたい方は、ご注意ください。

【ご注意ください】
本記事では、過去に実在した事件や、過激な思想と見なされている書籍について言及しています。これは、事実関係やその表現が社会に与えた影響を検証することを目的としたものであり、特定の思想、暴力行為、または過激な主張を肯定・推奨する意図は一切ありません。


『ターナー日記』と現実の暴力

『ターナー日記』に共感を覚えた読者が存在し、その一部が現実の暴力行為に至ったことも事実です。
では、どんな人がこの物語に心を預けてしまったのでしょうか。その背景には、家庭や教育の中で育まれた“孤立”や“怒り”が見え隠れします。今回は、実際の加害者たちの生い立ちに注目します。

1995年、アメリカ史上最悪の内国テロとされるオクラホマシティ爆破事件で168名が命を落としました。
実行犯ティモシー・マクベイは取り調べで、『ターナー日記』をバイブルのように読み込んでいたことを明かしています。

ティモシー・マクベイの孤立した青年期を象徴する静かな部屋。『ターナー日記』と軍事への執着、内国テロへ至った正義感と怒りの蓄積を示す静物イメージ

家庭と成育歴

ニューヨーク州の労働者階級の家庭に生まれ、両親は早くに離婚。
父に引き取られたものの感情的なやり取りは乏しく、母親との断絶も続きました。
学校では内向的で孤立しがちでしたが、銃や軍事への興味を深め、空想の世界に没頭していきます。

青年期と“怒り”の蓄積

陸軍に入隊し湾岸戦争に参加したマクベイは「優秀な兵士」と評価されましたが、帰還後は帰属感を喪失。
ウェイコやルビーリッジ事件など、政府の武装集団への対応を目にして「国家は腐敗している」と信じるようになります。
やがて「自分が正義を取り戻す」という歪んだ英雄願望を持ち、『ターナー日記』に理想像と手段を重ねていきました。

映画『The Order(2024)』のモデルとなった地下組織「ザ・オーダー」の創設者、ボブ・マシューズも、『ターナー日記』に影響を受けたひとりです。

幼少期と社会への違和感

軍人の家庭に生まれ、転居が多く友人関係を築きにくい環境で育ちました。
学校では成績優秀ながら常に“異物感”を抱えていたとされます。
宗教的保守思想と、アメリカ社会の変化に対するノスタルジーが重なり、内面に違和感を蓄積していきました。

青年期と「ターナー日記」

青年期、愛国団体や準軍事組織に接近するも、「自分の理想とは違う」と距離を置く。
『ターナー日記』を読んで「これこそ純粋なアメリカだ」と確信し、フィクションを再現すべき設計図として扱い始めました。
金融機関襲撃や組織化された武装闘争へと行動は進展していきます。

ボブ・マシューズとザ・オーダーの背景にある“純粋なアメリカ”幻想とノスタルジー、『ターナー日記』が与えた影響を示す山間の小屋と静物

加害者たちには、共通する要素があります。

  • 感情を安心して共有できる人間関係の欠如
  • 低い自己肯定感や過度な理想主義
  • 「国家」「社会」「親」への不信
  • 怒りや孤独を正当化してくれる物語との出会い

彼らにとって『ターナー日記』は、単なる本ではなく、「今まで誰にも説明できなかった気持ちを代弁してくれる言葉」だったのかもしれません。

孤立と怒りを抱えた読者が“救済”を物語に投影する心理。フィクションと現実の結びつき、『ターナー日記』が与えた誤ったカタルシスへの示唆

あとがき

誰もが過激思想に染まるわけではありません。
しかし、孤立し、怒りや不安を抱える人にとって、「自分の中の不快感を使命に変えてくれる物語」は、恐ろしいほど魅力的に映ります。

『ターナー日記』は、その力を持っていました。
現実で“再現”してしまった人たちは、それぞれの理由で物語を信じたのです。

理解することは、同情とは違います。
でも、この構造を知ることで、「なぜ?」という問いを放棄せずに済む。
それこそが、私たちにできる最も誠実な向き合い方ではないでしょうか。


映画をより深く理解するための補足コラム(ネタバレあり)

▶ COLUMN:狩る者たちの正義――排他的な民族思想とアメリカ的暴力の文化

ジュード・ロウ演じる主人公が繰り返し行う“狩り”のシーン。
それは単なる趣味ではなく、暴力と支配の精神的な下地を象徴しているようにも思えました。
本作の根底に流れる“アメリカ的暴力”の文化について、排他的な民族思想と重ねて考えたコラムです。

COLUMN:狩る者たちの正義へ


作品をすでにご覧になった方へ

物語の核心に踏み込んだネタバレありの感想・考察記事も公開しています。
実在の事件や『ターナー日記』との関連を含め、映画がなぜ“今”作られたのか、その問いに迫りました。
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このレビューを書いた人
高瀬 楓(たかせ かえで)
高瀬 楓(たかせ かえで)
映画と余韻のブロガー。  週末19時に更新中。
はじめまして。映画ブロガーの高瀬 楓(たかせ かえで)と申します。 「映画の余韻にじっくりと浸りながら、自分の視点で感じたことを丁寧に言葉にしたい」との思いから、映画レビューサイト《Silverscreen Pallet》を運営しています。 心に残るシーンやテーマを深く味わいながら、読者の皆さまの記憶に響くような記事をお届けできたら嬉しいです。
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