映画『関心領域』レビュー|倫理と異常が交差する世界

【ネタバレ注意】
本記事では映画『関心領域』の登場人物や象徴的なシーンに言及しています。物語の印象を大切にされたい方は、鑑賞後のご一読をおすすめいたします。
出典:映画『関心領域 The Zone of Interest』公式トレーラー
あらすじ
空は青く、誰もが笑顔で、子どもたちの楽しげな声が聞こえてくる。そして、窓から見える壁の向こうでは大きな建物から煙があがっている。時は1945年、アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいた。
スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わすなにげない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。その時に観客が感じるのは恐怖か、不安か、それとも無関心か? 壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らの違いは?
冒頭は真っ暗で、かすかに聞こえる鳥の囀りだけが存在する。静かな音に耳を澄ませると、知らず知らず映画の世界に引き込まれる感覚が訪れた。まるで「不思議の国のアリス」のアリスのように、強制的に落とされる異様な日常がそこにはありました。

日常の裏に潜む異常
映画は、アウシュヴィッツ収容所の隣で平穏に暮らす家族の日常を静かに描く。日常生活の描写は穏やかで、暴力や惨劇の直接的描写は避けられている。しかし、その日常の背後で行われている大量虐殺の存在を観客は常に意識させられ、不安が静かに漂う。この構造が、終始気持ちの悪さを伴う独特の緊張感を生み、観客の心に違和感を刻みつけると感じました。
プールで遊ぶ子供たちの無邪気さは、まさにこの映画の核心的なシーンです。背後の惨劇と対照的に描かれる無垢な遊びの光景は、倫理感覚や本能的な反応とのズレを強調します。観ていると「銃声や死臭はどうなっているのか」と自然に疑問が湧き、登場人物の無感覚さが逆に恐怖を増幅させる効果を持っていると感じました。

音と映像がつくる不気味さ
冒頭の音響演出は特筆に値します。暗闇の中で聞こえるのは鳥の声だけ。視覚情報がほぼなく、音だけで観客を映画世界に引き込むこの手法は、映像化ならではの没入感を生むと感じました。日常の中に潜む不穏さも、微かな収容所の音や邸宅内の静寂を通じて、観客に直感的に伝わります。原作小説では内面描写が中心だった部分を、映画では音と映像によって表現し、感覚的に理解させる構造は非常に巧妙だと思えました。
また、家族の行動や日常の描写には、心理的な異常が色濃く反映されています。惨劇の隣で「自分たちの楽園」を守ろうとする家族の無自覚さは、倫理観の麻痺や人間性の冷徹さを浮き彫りにします。この映像化された無感覚さこそが、観客にとって最も不気味で強烈な要素であったと感じました。

倫理と感覚のズレを考察する
映画全体を通して、日常生活と大量虐殺の対比が繰り返されます。観客は常に「なぜ誰も反応しないのか」と疑問を抱かされる。この疑問こそが、映画のテーマ性に直結しています。倫理感覚や本能的反応が欠如した人々の生活を描くことで、加害者の日常の恐怖が可視化され、観客は背筋の寒くなる体験をすることになるのです。
個人的には、登場人物たちが無意識に「異常」を正当化している様子を目の当たりにして、心の底から不快感と恐怖を覚えました。それは、映画が単なる歴史描写ではなく、人間の心理や倫理の奥底を問う作品である証左だと思えました。
今この映画を見る理由
戦争や大量虐殺という現実に直面しながらも、日常を維持しようとする人間の心理を体感できる作品です。歴史を知るだけでなく、倫理感覚や日常の異常を感覚的に考えるきっかけになると感じました。
【次回予告】『教皇選挙』
次回は『教皇選挙』の舞台裏に迫ります。コンクラーベの派閥争いや主席枢機卿ローレンスの葛藤、緊張が極限に達する瞬間を独自の視点で解説。象徴的な光の演出やクレジットの色使いなど、映画の隠れた仕掛けも丁寧に紹介。観終わった後の余韻がさらに深まる、見逃せない考察です。
『関心領域』は現在、Amazonプライムビデオでも配信されています。
忘れられない余韻を、ぜひご自宅でも味わってみてください。
また、手元に置いてじっくり観たいという方には、Blu-rayやDVDもおすすめです。
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『関心領域』 マーティン・エイミス 著(北田絵里子 訳)
第96回アカデミー賞で2部門を受賞した映画『関心領域』の原作小説。
強制収容所のナチ司令官、その妻との関係を狙う将校、死体処理を担いながら生き延びるユダヤ人──。ホロコーストという極限状況で、人間の狂気・欲望・倫理の揺らぎが描かれます。
諷刺と皮肉を得意とする作家マーティン・エイミスが、人間の本質を鋭く映し出す一冊。
解説は東京大学教授・武田将明氏、監修は甲南大学教授・田野大輔氏が担当。
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